体験談『横浜の著名気功院で重度の化学物質過敏症と電磁波過敏症がほとんど完治の状態に』(2/4)

福田純子(元大学講師)

Ⅱ.気功との出会いと現在までの経過

1.「大明気功」との出会い

「大明気功」に出会ったのは、2003年10月末。

発病から、一年半経っていました。

歯の詰め物が取れてしまって、東京医科歯科大学のアレルギー科で治療してもらっていたある日、帰りに、マスク姿で、御茶ノ水駅前の本屋に寄ってみたのです。

医大の多い地域なので、病気関連の本が充実しているのではないか、と考えてのことでした。

そこで、レジ前のワゴンに、平積みになって、「ベストセラー!」の帯がかかっている青島大明先生の著書を目にしたのです。

講談社から出版されている「病気がすべて治る『気』の医学」という本で、奥付を見ると、2002年8月初版発行とあります。その当時は、出版後まだ1年2ヶ月しか経っていないのに、既に第五版発行になっていました。

よほど売れているのだろう、売れるからには効果があるのだろうと想像して買って帰り、一読すると・・・

著者の青島大明さん自身が、中国でトップ中トップの名医に見放された指のヘルニアを、通りすがりの気功師にたった5分で治してもらい、それが気功との出逢いだった、という話。

「気」を情報として捉える、斬新な気功論。

さまざまな難病の、具体的な治療例。

「これだ! 治るならこれしかない」と直感しました。

巻末に、著者・青島大明さんの気功院の案内が書いてあったので、問い合わせてみたところ、護持会費が2万円とのこと。夫に話すと、「高い。気功なんてうさんくさい。やめろ」と言われましたが、2~3日迷ったあと、「やはりこれしかない」と自分で結論し、夫に黙って勝手に振り込みました。大正解でした。

今では夫も気功院に通い、病気でもないのに毎日せっせと気功をしています。「体が変わるのがわかる。こんな素晴らしいものはもうやめられない」と話しています。

2.最初の感触

予約を入れたものの、予約が埋まっていて、最初の施術はなんと3ヶ月後の2004年1月28日。待ちきれず、問い合わせたところ、「学習会」というものがあることがわかり、まずそれに参加してみることにしました。

大明気功の詳細については後述しますが、「学習会」は、気功についての正しい認識を学ぶ勉強会。青島大明先生の講演という形で、毎回、ある病気をテーマに、気功でより効果的に治すにはどうすればよいかが説明された上で、「大明気功」の二本柱、「静功」と「動功」の練習があります。

私はそこで、「静功」と、「動功」の一番簡単な形だけ習って、家で実践してみました。すると・・・驚くほどの効果!

「静功」をしていると、頭の中に立ち込めていた霧が、少しずつ、少しずつ、晴れていくのが感じられたのです。

他の、どんなことを試しても、決して得られなかった感触でした。

自分の直感は正しかった、これで治る、と思いました。

3.「治る」までの、1年半の間の経過

施術と練習について具体的な内容は後述しますが、その後、定期的に施術を受け、「静功」と「動功」を習って、家でも毎日、せっせと気功を実践しました。「動功」は、全部で64の型があるのですが、去年の秋には全てマスターして、今も毎日、一日に4回、ほとんど欠かさずに続けています。

最初の「治る」という感触から、現在の、「ほぼ完治」の状態になるまで約1年半かかったわけですが、その間は、「治っちゃった」と思う時期や、時に「また、こんな症状が出ちゃった」とがっかりする時期が、交互に現れながら、少しずつ、少しずつ、完治に近づく、という印象でした。治っていく過程の中で、特に重要と思われる変化をいくつか、記しておきます。

2004年2月 北里大学病院の再診で、瞳孔に光を当てて収縮する速度を測定する検査をしてもらった結果、「97パーセント正常値」と言われる。

2004年6月 パソコンが使えるようになる。以後パソコンは毎日使っている。

2004年7月 新幹線「ひかり」で東京から大阪に行く。最初、新幹線の電磁波に反応したが、反応が起きた際に実行するよう青島先生から指示されていた気功法を試みたところ、たちまち大丈夫になる。そのまま中国地方、近畿地方を10日近く元気で旅行し、帰りは「のぞみ」で全く反応が出なかった。

2004年8月 呼吸器から「悪い気」を出す気功法を習って実践したところ、信じがたいほど頭が楽になる。

同8月 北里大学病院の再診で、平衡機能検査の結果、正常値の範囲内に入っており、初診で同じ値だった場合は過敏症と診断されない、と言われる。またこの頃、ストッキング、ポリエステル100%のスカート、パンプスが履けるようになる。

同秋ごろ 一年前着られなかったウールのセーターが着られるようになったばかりか、買ったばかりのポリエステル100%の服も、全く洗わずにそのまま着られるようになる。以後衣類に関して一切の反応が出なくなる。

2004年12月 電子ピアノ、CDが全く反応なく使えるようになる。北里大学の電話再診で、「気功で良くなっている体験記を、是非『CS支援』に書いて、他の患者さんたちに希望を与えてください」とお話をいただく。

2005年1月~4月 後述するとおり、気功をするたびに鼻から不思議な異物がどんどん出てきて、異物がとれるたび、信じがたいほど頭が楽になると感じる。

2005年3月 美容院でカラーリングしてみる。全く大丈夫。臭いも気にならないし、肌についてもかぶれない。

同3月 北里大学病院の電話再診で、「過敏症は卒業」と言われる。

2005年5月 お化粧ができるようになる。お化粧は、過敏症になる前から、極端にかぶれやすく、ほとんどできなかったのに・・・。それまでは、「化学物質の臭いや電磁波の存在はある程度感じるが、反応は起きない」という状態だったが、いよいよ、「化学物質の臭いも電磁波の存在も全く感じない」状態になってくる。つまり、病気以前の体が戻った。思考能力についても、それまでは、「元通りではない」と感じていたが、ほぼ「元通り」と判断。体験記を書くだけのエネルギーが取り戻せた。

4.施術による劇的な変化の体験

魔法のように、一回で治ったのではなく、度重なる施術と、毎日の努力の結果現在の健康を手に入れたのですが、それでも、何度か、魔法を思わずにはいられないような施術経験がありました。そういう経験をいくつか書きたいと思います。

①2004年6月、パソコンが使えるようになった時

最初は、具合が良くなってきていても、パソコンは恐ろしくて近寄れなかったのですが、その旨青島先生にお話しましたら、特別な施術をしてくださり、「今日、帰ったら必ずパソコンを使いなさい。そうするとコントロール能力がついて、これからはずっと使えるようになります」と言われました。先生の指示に従ったところ、パソコンに触っても何も電気を感じませんでした。その後、時々気持ち悪く感じることはあっても、使えなくなることはなく、2005年5月以降はパソコンから電気を感じるということ自体が全くなくなってしまいました。

②私が施術してもらっただけで、夫に移りかけていた電磁波過敏症が治った

夫はシックハウスでも何でもなかったのに、私が電磁波過敏症になってしばらくした後、一時期「携帯やパソコンの電磁波が気持ち悪い」、と訴えていました。ところが、私が施術してもらったらその日に、気功院に行ってもいない夫の症状がすっかり消えてしまったのです。青島先生に話したところ、「電磁波過敏症は情報の病気だから、情報をコピーしてしまうと移るのです。ご主人はあなたから移って過敏症にかかっていましたが、今日、過敏症が治るという情報を私があなたに入れたので、今度はその情報がご主人に移って、ご主人は治ったのです。ごくごく当たり前の話です」ということでした。

③2004年夏、買ったばかりのバッグで反応が起きた時。

何でもトライしなさい、と青島先生から言われ、布製の新しいバッグを買ったものの、持っていると染料や漂白剤の臭いで頭がぼうっとなってしまっていました。丁度施術の日にそのバッグを持っていっていたので、その話を先生にしたところ、「バッグを抱きかかえて、バッグに鼻をしっかりつけるように」言われ、その姿勢のまま施術していただいたところ、施術後、そのバッグから何の臭いも感じなくなっていました。

④2004年12月、電子ピアノ

ピアノを弾きたくて仕方なかったのですが、本物のピアノは住宅事情で自宅に置くことができず、一方電子ピアノは、楽器屋で触ると反応が起きて頭がぼうっとしてしまうので、自分はもう一生ピアノは弾けないのだと諦めていました。ところが、施術の際青島先生に話したところ、①②の時と同様に、「では今日、施術の帰りに必ず楽器屋に寄って、電子ピアノを触りなさい。必ず今日ですよ!」と言われ、そのとおりにしたところ、嘘のように何ともなかったのです。その後間もなく電子ピアノを購入し、今では毎日弾いていますし、2時間続けて弾いても全く反応は出ません。

⑤2005年1月~4月の鼻の変化

1月始めから、家で気功をしている時に鼻の穴の奥、目に近い辺りで「ぴしっ、ぴしっ」と、湖の表面に張った薄い氷に日々が入るような音や、「ぶちっ、ぶちっ」と、輪ゴムが切れるような音が聞こえるようになり、やがて、鼻の穴から、奇妙奇天烈なものが際限なく出てくるようになりました。奇妙奇天烈なものとは、① 固いプラスチックの破片のようなもの ② 少し柔らかい、樹脂製の破片のようなもの。水に戻したきくらげのような色、形、手触り。 ③古くなったセロハンの膜のようなもの。色は透明だったり、薄い黄色だったり。 ④シールをはがした後に残ったべたべたしたものを、指でこすりとって丸めたようなもの ⑤ 薄茶色の細長いフカヒレのようなもの。直径1ミリ、長さ5~6センチ(これは、鼻をかむと、鼻汁が出る穴からそれが搾り出されてこういう形になるらしい)。⑥ナメクジそっくりのもの。

施術を受けて2~3日後に特に、こうしたものが大量に出てきました。施術の翌日真っ白い、木工用ボンドそっくりのものが鼻から大量に出てきたこともありました。

こうした異物が取れるとその直後に、体内、特に脳に流入する酸素量が「劇的に」増大するのが体感されるのでした。目の奥や、耳の奥にも一気に酸素が行き渡る感覚があります。その余りの変化に体が驚いて、慣れるまで半日ぐらいは胸を弾ませて息をする程でした。落ち着くと、その変化がある前に比べて、頭が遥かにクリアに、眼球が動きやすくなっており、また、平衡感覚が改善されているのが明確に感じられました。

一方でこの頃、耳の中でも大きな変化がありました。ESを併発して以来、右の耳の奥がトンネルに入ったときのように塞がった感じだったのですがそれが治りました。また、電磁波を浴びるたびに右耳の奥で「ポキン」と、骨の鳴る音がするようになっていましたが、その音もしなくなりました。同時に、電磁波の他にも、音、振動などが気にならなくなってきました。

鼻からの異物は、5月以降異物はほとんど出なくなりましたが、気功をするたび、鼻の穴の奥で、何か変化が起きているのは今も感じます。これは私の推測でしかありませんが、鼻の穴の奥に臭いをキャッチする部分があり、そこに異常があるのを、体が自分で治している感じがします。自分の感覚の変化を観察していて、CSは鼻、ESは耳(振動のキャッチの仕方)の異常に関わっているように推測しています。

5.現在

冒頭に書いたとおり、今はほとんど健康体といっていい状態で、しばらく遠ざかっていた人生の喜びを取り戻しています。仕事を辞めてしまっているので、毎日遊び暮らしているように感じることがあり、そう感じるたびに「ああ、治ったのだ」と実感します。病気と闘うだけで精一杯だった頃から思えば今の生活は信じられませんし、今から振り返ると、過敏症が重症だった頃のことが、なにかの記憶の間違いのように感じられることすらあります。

過敏症の治療については、個人差があるために、ある人に効いたものが他の人に効くとは限らない、と言われていますが、「大明気功」に関しては、青島大明先生が、過敏症についての独自の解釈の元で根本的な治療を行っているので、かなりの高確率で効くのではないか、と私は考えています。残念ながら、化学物質過敏症の患者はまだ私一人なのですが、  電磁波過敏症の方は既に8人ほど通っていて、全員が改善しているとのことです。初回は気功院に来れず、出張施術をしてもらった方でも、2回目からは電車に乗って通われるそうです。

世間に気功院は山ほどありますが、どこでもいいから気功院に通いさえすればいい、というわけではなさそうです。間違った施術をすると、通っていた気を逆に止めてしまい、病気を増やしてしまうこともあるようです。実際、青島先生の気功院には、他の気功院で病気をこじらせてしまってから尋ねてきて、治すのに難儀するケースがあるという話でしたし、「副作用」の恐れが非常に強い気功法を採用している流派もあるとのことでした。

私がこんなにも治ったのは、青島先生が過敏症に対して独自の解釈をし、抜本的な治療をしてくださったからだと、私は信じて疑っていません。そういうわけで、この体験記を読んで気功を試みようとなさる場合も、できる限り、「大明気功」をお試しになられることを、私はお勧めしたいです。

以下、「大明気功」のご紹介と、「大明気功」で治そうとする上でポイントとなるように思われる点をご説明したいと思います。

(3/4)へ続く

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